危険な(!?)兆候
太田公士(6月5日)
このところ物忘れが激しい。50歳を目前にして、危険な兆候を自覚する出来事が頻発しているのである。
まず、何よりも人の名前を覚えられなくなっている。人の名前を覚えられないのは、私のような仕事をしている人間にとっては致命傷である。たとえば、ちょっとした会合で名刺交換をする。それが、十名ほどの人であっても、後で名刺を整理しようとすると、その顔を思い出すことができない。これはやはり危険な兆候と言わざるを得ない。
試しに、過去の未整理の名刺を繰ってみた。すると同じ兆候なのである。「エッ、こんな人と名刺交換したっけ?」と自分が忘れていることを棚に上げて驚いてみたり、「え〜っと、あそこの会社の、名前は何と言ったっけ……」と、実におぼつかない。タレントの名前も忘れる一方。つい先日も、「上田正樹」と「藤正樹」を混同して、大いに失笑をかったばかりである。
確実に脳細胞がやられている、としか思えないことばかりが起こる。
自宅では、メガネをどこに置いたか忘れることもしばしばである。財布や鍵などは、置く場所が決っているから、たいがいそこにちゃんと納まっている。しかし、メガネはどこにでも置く。台所やテレビが置いてある居間、洗濯機の上、オモチャ箱の上、果てはハンガーにぶら下っていたり……。つまり、神出鬼没なのである。これが恐いのである。
どこに置いたか思い出せないから、「おーい、お父さんのメガネ、知らない?」と、家族に聞く羽目となる。家族にしてみたらえらく迷惑な話である。まったく自分たちに関係ないもの、知らないものを探すことになるのだから。揚げ句の果てに、私よりも、家族のほうが先に見つけるから余計に始末が悪い。かように、私は物忘れがひどくなっているのである。
物忘れがひどいのは、人の名前ばかりではない。かつて覚えていたこともスッポリ記憶から抜け落ちている。つい最近も、子供たちと、「折鶴」を折ろうということになった。ところが、いざ折り始めると折れない。折り方を忘れてしまっているのである。私は呆然とした。というより、考え込んでしまったのである。
それから、自分の話したことを忘れ、同じ話を何度も繰り返すのも老化現象の現れであるラシイ。
これにも思い当たる節がある。先日、子供たちと会話していた時のこと。「お父さん、その話はもう前に聞いたよ!」と長男が投げ捨てるように言った。内心「アッ」と思ったが、余りにも悔しいので「そんなこと知ってるよ! 何回でも何回でも、お前達のために話してるんだ!!」と、自らの失態をカバーしようと、必死に強がってしまった。
半ベソ状態になった長男には悪いことをしてしまった。わたしが怒りをぶつけたのは、他でもない、自分自身に対してだったのである。
これだけ次々に起こってくると、我が脳ミソの老化を自覚せざるを得ない。
昔から物忘れは、身の老化を告げる天の警告といわれている。ボケの前兆ではないが、ボケ予防の対策を講ずる必要があろうというもの。
昔は、ボケがはじまると、家督を嗣子にゆずり、公職も辞して、世間に迷惑をかけぬように心掛けた。
そして健忘症、記憶喪失は精神病の一部として分類されたり、また狐つきとも言われてきたという。正一位稲荷大明神は、この狐つき伝説と深い関係にあるとのことで、憑依伝説は昔から町人の借金逃れ、保身、危機脱出の手だてとして利用されてきたという。官僚や、国会の先生方などは「存じません、忘れました」と“急性健忘症”にかかるが、これは直接老化とは関係ない代物である。時代が下っても、人間ってものは大して進歩していないのかも知れない。
ところで、私の大好物に茗荷(みょうが)がある。小さいころ「茗荷」を食べると物忘れがひどくなる、と教えてもらった「記憶」がある。もしかして私の物忘れは茗荷のセイかな、などと考え込んでしまった。
そこで、茗荷について調べてみると、これはどうも根も葉も“ある”デマのようである。
余談ながら、ではなぜ茗荷が物忘れと関連づけて語られるかというと……。
むかしむかし、お釈迦の弟子で周梨槃特と言う人がいた。彼はたいへん物忘れがひどく、自分の名前すら忘れるほどだったという。しかし人柄が良く、非常な努力家で、悟りの域に達して、お釈迦様にたいへん可愛がられていたという。その彼が死んだので、彼を尊敬していた村人達はお墓を作り弔った。すると、その墓から香りのよい草が生えてきた。彼の名(茗)を担って(荷)生えてきたので、人々はこの植物を茗荷(冥加)と呼ぶことにしたという。その結果、物忘れの激しい周梨槃特の植物ということになり、茗荷を食べると物忘れが激しくなると言い伝えられたのだという。
わが物忘れの原因を究明しようと、インターネットで「健忘症」を検索してみたら、ある医療サイトに次のように記されていた。
〈健忘症(けんぼうしょう)=一般に、記憶力が悪くなり、忘れっぽいことを健忘症といっていますが、医学的には、これは記憶力減退といいます。記憶力は、そのときどきの身体の調子にも左右されて、疲れたり、寝不足の時などには減退するものですが、とくに病的に忘れっぽくなるのは、老年性痴呆、脳動脈硬化症、てんかん発作を繰り返したとき、アルコール中毒、頭部外傷の後などに起こります。そしてこれらの場合には、記憶力の減退を自分で感じないのが普通です。〉
最後のセンテンスで一安心。私の物忘れは、どうやら病的なものではないようだ。なぜなら私には明確な“自覚症状”があるのだから。でも油断は禁物。危険な兆候であることに変わりはない。
さあて、この一文を読んで、「自分も物忘れがひどくて……」と、何か思い当たる節があるという方、また、自分はこうして物忘れを克服しているという妙案がある方は、「そぉーっと」メールで教えて欲しい。
トップに戻る
Copyright (C) 2000 Ladybird Corporation. All Rights Reserved.