大倉さんのこと
太田公士(2月15日)
 弊社の取締役・大倉明さんは本当にやさしい人だった。「だった」というのは、この1月31日に帰らぬ人となってしまわれたからだ。昨年1月にガンの手術をして、一時は快復基調にあるかに見えたが、昨年秋口から急に食欲不振となり、年末からは様態が悪化して、ついに亡くなってしまわれたのである。
 私が個人営業でデザイン事務所を始めたとき、真っ先に受けた仕事で、イラストを頼んだのが大倉さんとの出会いだった。あるイラストレーターの紹介で、自宅兼事務所のマンションの一室に現れた大倉さんは、「気のいいノンキなおじさん」という印象だった。
 当初から大倉さんとは夢を語り合った。大倉さんの夢は漫画をヒットさせて、大金持ちになること。そのときは「税金処理で個人営業ではうまくないから、全部、太田君の会社に入れるからまっててね!」と本気とも冗談ともつかないような楽しい会話をしたものだ。私が「レディバード」という会社を作る前の話である。だから、早く会社を作れ、と催促されたのである。
 私は話半分で聞き流していたが、大倉さんは本気だった。ことあるごとに“新作漫画”の原案を書いては、持参してこられた。私の長男を主人公にした漫画や、かわいい美少女社長を主人公にしたもの、そして「赤ちゃんがほしい」という漫画など、たくさんの原案を見せてもらった。「これがヒットすれば、ビルの一棟や二棟、すぐ買ってやるからね」が口癖だった。
 小学館の「コロコロ」に売り込みに行くといって、勇んで出かけたこともあった。結局、雑誌に連載されたものはなかったけれど、常にチャレンジする意気込みはすごかった。

 大倉さんは無類の子供好きだった。ウチの子供たちも、すごく可愛がってもらった。一緒に後楽園遊園地に行ったり、「こんにゃくえんま」の夏祭りに行ったり、国技館での物産展に行ったり、東京ドームでの「文京ふるさと祭り」に行ったり…。
 だいぶ前だが、大倉さんの手料理(ステーキ)に一家で招待を受けたこともあった。少しコショウがききすぎていたけれど、腕によりをかけて下さったものだ。
 毎年クリスマスになると、子供たちにクリスマスプレゼントを送って下さった。子供たちは「大倉サンタ」さんと呼んで騒いでいたことも、切なく、なつかしい思い出となってしまった。一昨年は、ガンで病院に入院された日がクリスマスイブだった。奥さんにことづけて、人数分のプチケーキを届けてくださった。
 昨年12月、私に七人目の子供ができたことは、大倉さんにはしばらく告げなかった。入退院を繰り返しておられたので、私的なことを告げる気にならなかったのだ。しかし“最後の入院”の直前に、大倉さんからかかってきた電話で、初めて子供が生まれたことを告げた。大倉さんはその時も、電話口で「子供を一人分けてくれよ!」と言われた。
 年が明けて1月26日、奥さんから様態悪化の連絡を受けて、病院にお見舞いに行った。もう意識不明の状態だった。しかし、私の顔をじーっと見詰める大倉さん。私だとわかったのか、大倉さんの仕草がにわかに慌ただしくなった。口元も小刻みに動き、声にならない声で、必死に何かを訴えておられるのがハッキリわかった。私は、この前生まれた子供のことが気掛かりなのだなと思った。大きい声で「子供は元気だよ」と、何回も大倉さんの耳元で話した。すると急にホッとした様子で、大倉さんの体が静かになった。私は「通じたな」と思った。しかし、大倉さんとじかに会話したのは、年末の電話が最後となってしまった。

 本当に色んなことが思い出される。現代の社会には少なくなってしまった、本当に心の暖かい人だった。仕事もたくさんしていただいたが、大倉さんとのおつきあいは、“部分的な”ものではなかった。大倉さんという、人そのものと付き合わせていただいたような気がする。大倉さんとは、よく呑んだ。新宿、赤坂、銀座、本郷三丁目、神保町……。
 こんなに別れが早く来るなら、もっともっとやさしい言葉をかけてあげたらよかった。フラッと事務所にやってこられた時なども、もっと話せればよかった、と後悔しきりである。忙しさを理由に、「今日はごめんなさいね」と言った日のことが、悔恨の情を伴って思い出される。今となってはもう、大倉さんと夢を語り合うことも、他愛のないことを言ってお酒を呑むこともできない。人生は無常なものだ。

 私は、ずいぶんたくさんの愛情を大倉さんからいただいた。大倉さん、本当にありがとう。
 これからは、大倉さんの分まで一生懸命に生きるからね。天国で見守っていて下さいね。子供たちも立派に育てるからね。会社もしっかりやって行くからね。大倉さんの思い出を生涯、大切に心の奥底にしまっておくからね。  合掌




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