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もうすぐ終戦記念日・8月15日がやってくる。今世紀最後の終戦記念日である。
さて、15年近く前からお付合いいただいている、映画監督の千葉茂樹先生が、昨年『―豪日に架ける―愛の鉄道』という映画を製作された。(千葉監督はマザー・テレサの記録映画撮影を許された唯一の日本人としてもよく知られている。)
映画『愛の鉄道』は、第二次世界大戦中“死の鉄道”と悪名の高かった、タイとビルマを結ぶ軍用鉄道・泰緬鉄道の建設に物語の発端がある。全長415キロに及ぶこの鉄道によって、日本軍はビルマへの進攻と補給路を確保しようとした。建設はわずか1年3ヶ月の突貫工事で、連合軍の捕虜約6万8千人、アジア人労務者25万人以上が日本軍の指揮のもとに、ナチスのアウシュビッツ強制収容所と並び称されるほど過酷な強制労働を強いられ、数多くの連合軍捕虜たちが虐待され命を落とした。捕虜の多くはオーストラリアの若い兵士だった。そのような歴史的背景から、オーストラリア人の日本への憎悪は、計り知れないほど大きなものとなった。
オーストラリア人捕虜の1人に、従軍司祭のライオネル・マースデン神父がいた。マースデンは戦争後、「自分は愛を説くカトリック神父でありながら日本に恨みを持っている。偽りの神父だ」と自己嫌悪し、「もし生き残る事が出来たら、和解の仕事をする。そのために、自分は日本へ行く」と決意したのである。
この映画は、激しい反日感情の中にありながら“死と憎しみの鉄道”ではなく“愛の鉄道”をオーストラリアから日本に敷こうと立ち上がったライオネル・マースデンとともに、その“志”を受け継いだもう一人のカトリック神父、トニ・グリンの“生き様”を克明に描いたドキュメンタリー作品である。
トニ・グリン神父は、マースデン神父と入れ替わる形で、奈良市への赴任神父として自主的に訪日以来、40年にわたる伝道活動の傍ら、豪日の和解のための活動を果敢に実行し続けた。その足跡は映画に詳しいが、以下は駆け足で紹介した『愛の鉄道』略年譜である。
| 1941年 |
太平洋戦争(第二次世界大戦)始まる。 |
| 1942年 |
従軍司祭ライオネル・マースデン神父、泰緬鉄道の建設に従事する。 |
| 1944年 |
同神父は「クリスマスのミサに用いるぶどう酒」の調達を日本兵、重本さん(衛生兵)に依頼。 |
| 1945年 |
終戦。マースデンは傷ついて帰国。豪州に反日感情が渦巻くなか、同神父は日本人を許し、
和解の働きのために日本への赴任を決意。その呼びかけを、若き日のトニ・グリンが聞く。 |
| 1949年 |
マースデン神父、京都で重本さんと再会。直ちに和解のための救援活動を始める。 |
| 1952年 |
同神父の生き方に感銘したトニ・グリン神父が来日。 |
| 1953年 |
グリン神父は奈良に赴任(27歳)。奈良カトリック教会主任司祭。
その後、母子寮などへの救援物資は、4年間で15万点に及ぶ。 |
| 1957年 |
4年ぶりの休暇で帰国の折、日本で贈られた土産物をシドニーなどで「日本文化紹介展」として展示。
その紹介展に持ち込まれた「日本刀」を契機に、軍刀の返還を呼びかける。
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| 1969年 |
以降登美ケ丘カトリック教会主任司祭。その後、グリン神父が行った和解の活動は、余りにも幅広い。カウラ、直江津の合同慰霊。キャンベラ市と奈良市の姉妹都市の実現など。これらの業績によって、奈良市特別名誉市民に。
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| 1994年 |
12月1日グリン神父、逝去(享年68歳)。
日本での40年に及ぶ愛の歩みに別れを惜しむ人々が、3日間に5,000人を越える。
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私は何度も何度も『愛の鉄道』を鑑賞した。その度に涙が頬を伝わり、言葉にならないほどの感動をおぼえた。当時の日本軍にどのような大義名分があろうとも、犯した戦争犯罪の事実はぬぐい去れない。そして逆に、歴史的な憎しみすら乗り越え、「愛の実践」によって、豪日の和解と真の世界平和に尽くしたライオネル・マースデン、トニ・グリンという2人の人物の存在を知ったことは、私にとって貴重な体験となった。1人でも多くの日本人に見て欲しいと思う。しかしこの映画は映画館で封切上映されることがない。私はそれがとても残念で、縁ある方々に折に触れて紹介している。本稿を読まれて、興味を持たれた方は是非、自主上映会の開催・ビデオ購入などをお勧めしたい。
千葉監督が運営しておられる『地球家族の会』のホームページには、『愛の鉄道』の詳しい情報が掲載されている。
ちなみにURLは、http://www.linkclub.or.jp/~family21/
ところで、この8月23日から9月4日まで、千葉監督はオーストラリアの3都市(リズモア、キャンベラ、シドニー)において「サザンクロス日本映画祭」を開催される。千葉監督の『愛の鉄道』はもちろんのこと、今村昌平監督の『黒い雨』や、新城卓監督の『オキナワの少年』『秘祭』、池端俊策監督の『あつもの』など11作品が、オリンピック直前のオーストラリアで上映される。他の作品もさることながら、トニ・グリンの生まれた国で上映される『愛の鉄道』を、一般的にまだまだ反日感情の根深いオーストラリアの人々が、どのような思いで鑑賞されるのだろうかとの興味はつきない。
実は千葉監督との縁で、私は『愛の鉄道』のポスターやチラシ、ビデオジャケットのデザインを担当させていただいた。現在は「サザンクロス日本映画祭」のプログラムを製作中である。プログラムの最後に千葉監督は“あとがき”として以下のように記されている。「…一つの映画制作が今回の映画祭開催の契機となった。『愛の鉄道』の主人公リズモア生まれのトニ・グリンこそ、豪日両国の親善を夢みて長年尽くしてきた。彼の存在と活動が文化交流を生み出したと言える。…」
私は千葉監督のお気持ちが痛いほどよくわかる。千葉監督にとって「サザンクロス日本映画祭」の開催は、トニ・グリン神父への精一杯のご恩返しであり、豪日の真の和解、そして世界平和への実際活動なのである。千葉監督もまた「愛の実践者」なのだと、限りない尊敬の念を抱くのである。
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