アルカイックスマイル
太田公士(7月29日)

 お取引先のYNさんの電話の応対が実にさわやかで、とても印象がいい。あんな風に電話の受け答えができれば、お客様への印象がいいだろうと思い、YNさんと電話でお話をする機会ある毎に「コツ」を学ぼうと思った。
 YNさんの電話の応対を注意深く観察していると、いくつかの要点があることに気づいた。
 まづ、第一の要点は、語尾がハッキリしていることである。こちらから電話した場合は、一呼吸おいて(決していきなりしゃべり始めるということがない!)ハッキリと「ハイ、○○でございます。」と答えられる。電話をいただいた場合は「○○社の○○でございますが、……」と、快い切り出しから始まる。
 語尾はあくまでさわやかに、ハイの「イ」とか、〜ますの「す」などがハキハキしているのだ。勿論、強引な「オシ」のあるヒビキではなく、意志的でハッキリしているということだ。仕事内容の確認などでも「イエス」なのか「ノー」なのか、語尾によって情報の伝わり方は格段に違う。YNさんの場合は、受話器を置くまでの全ての会話の語尾がわかりやすく、極めて意志的なヒビキを持っているのである。
 第二の要点は、受け答えが全てにおいて簡潔であること。急ぎの場合なども、決して慌てず急がずゆったりと「ちょっと時間がないので要件だけで失礼しますが…」と前置きして述べられる。この前置きだけで、こちらは以後の会話に集中できる。また「結論から申しますと…」「要件は四つあります。まず一つ目は…」という切り出し方も、“見出し”を設けることによって要点を整理し、情報を正しく伝えようという意志が感じられる。「いかに簡潔に、相手の立場に立って話すか」という工夫を常に心がけておられるのだと思う。
 相手の立場への思いやりという点からいえば、YNさんが電話を切るときは、相手が受話器を置く音を確認してから切っておられる様子がうかがえる。というのは、今まで一度もYNさんの受話器を置く音を聞いたことがないのである。要件が終わったからといって、いきなり受話器を置くと「ガチャン」という音が相手に不快感を与えてしまうのを避けるために、細かな配慮をしておられるのだ。
 第三の要点は「快い距離感」を感じさせる心配りだ。本筋から脱線した雑談的な会話の場合でも、ほどほどに話を合わせてくださりつつ、適度な冷静さを失うことがない。交わり過ぎると馴れ合って、言葉遣いもぞんざいになりがちだ。親しき中にもなんとやらで、適度な距離をもつことが最終的にはいい人間関係を築く。電話の応対もまた、人間関係の一部。「距離感」だけの例なら枚挙に暇がないが、「快い」というところがミソである。
 四番目は、こちらの話をよく聞いて下さることだ。ひとしきり話を聞いて下さったあと、ここでも一呼吸おいて話の要点をまとめ、主張すべきところは主張して、次なるステージへと話を進めてくださるのである。「話し上手は聞き上手」を地で行くような電話応対である。これも相手に爽やかな印象を与える要因となっている。
 第五の要点は、ちょっと文章では伝えにくいのだが、言葉のヒビキの中に「ほほ笑み」があることである。「ハイ、○○でございます。」というただそれだけの言葉なのに、電話の向こうにいるYNさんのアルカイックなスマイルを思い起こさせるような響きが感じられるのである。
 アルカイックスマイルというのは、紀元前8世紀の末から紀元前5世紀くらいまでとされる、ギリシア・アルカイック期の地中海地方から出土した古代ギリシアの彫刻が、一様にかすかなほほ笑みを湛えていることから「アルカイックスマイル」と呼ばれているものだ。大笑いでも高笑いでも苦笑でもない、かすかなほほ笑みである。クールだけれど冷たくない。にこやかだけれど崩れない。微妙で、ニュートラルな「ほほ笑み」こそがアルカイックスマイルなのである。
 私はYNさんの受話器からの声を聞くたびに、アルカイック彫像のほほ笑みを思い出す。声の響きに「ほほ笑み」があるとは、そんな意味である。もしかして、YNさんの電話の快さは、ここに一番の原因があるかも知れない。

 で、実は、最近の私は、YNさんの電話応対を“マネ”ている。受話器を取ったときは一呼吸置いてからしゃべり出す。相手の立場を損なわない、適度な距離感を持とうと努力する。語尾は出来るだけハッキリと。まず、相手の話をよく聞く。受話器を切るときは、相手が受話器を置く音を聞いてから…。
 ここまでは努力しているのだが、相手様にアルカイックなほほ笑みを感じさせるというヤツは、なかなかに難しい。第一、これは相手が感じる「印象」だけに、できているかどうかが検証できない。コイツは、出来るか出来ないかではなく、出来るように努力し続けるという種類の努力目標なのだろう。どうすれば出来るようになるかの明確な答えもないようにも思う。つまりこれは、その人の人格の問題なのだ。人格からにじみ出てくる雰囲気なのだ。
 だから、YNさんのアルカイックスマイルは電話だけではない。実際に対面したときも、いつも口元に笑みがある。こういう人なのだ。人格者なのだ。
 どこかの話し方教室のキャッチコピーに「話は心で」というのがある。詰まる所は、そんな所に行き着くのかも知れない。

 ……だったら、人格を高める以外にしょうがないじゃん! そのためにはどうするの?





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